小規模なチームが開発したゲームがPlayStation® Vitaで販売されるまでのサクセスストーリーや開発秘話を、プロジェクトリーダーの加藤拓氏、メインプログラマーでディレクターの中嶋謙互氏に加え、二人と10年来の親交があるスクウェア・エニックス執行役員の齊藤陽介氏を迎えて解き明かしていただきました。
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- 最初に3人の関係性を思い出話など含めてお話しいただけますか。
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- 加藤拓(以下、加藤)
- 齊藤さんはスクエニの、当時エニックス時代の最初の上司でしたね。2001年に僕が中途で入社するときの最終面接も齊藤さんでした。
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- 齊藤陽介(以下、齊藤)
- 多分、落とした。
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- 加藤
- いやいやいや(笑)。僕が最終面接で「齊藤さんつぶしても100万本ヒットするゲームを作ります」って、ちょっと言い過ぎたかなと思ったんですけど、合格しました。
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- 齊藤
- 若いうちから20万本目指しますとか言われても、もうちょっと言おうよって思うね。
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- 加藤
- 齊藤さんが最年少でモバイル事業部のマネージャーになった年で10個ぐらいのプロデューサー案件を皆で分けるという話だったんです。
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- 齊藤
- iモードが始まったタイミングで、人を増やさなきゃいけなかった。
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- 加藤
- あれからめっちゃ時間が経過しましたね。
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- 齊藤
- 中嶋くんと一番初めに会ったのは1997、98年。まだ大学生だった。一番初め大阪で会ってね。
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- 中嶋謙互(以下、中嶋)
- 会議室で普通に仕事のミーティングでしゃべってました。
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- 齊藤
- 本当に2人とも若くて元気があって、うらやましかった。俺もそのときは若かったんですよ(笑)。それでも、世代的には下だった。拓ちゃんは行くぜっていう元気なイメージ。中嶋くんはちょっと変わっているな。プログラマーとはこういうものだとか、自分のやりたいことがちゃんとある。
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- 中嶋
- 普通のプログラマーだと思います(笑)。
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- 齊藤
- 長いね。あっという間だね。
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- 中嶋
- そうですね。でも僕がやっている作業や仕事の内容は全くそのときから何も変わってない。どれだけしつこくやっているかどうかの違いです。
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- 齊藤
- でも、今回の『エアシップQ』はちょっと今までと違うんじゃない?
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- 中嶋
- 実は今までで一番かけ離れてます。
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- 加藤
- 中嶋さんはずっとメインプログラマーで、かつディレクターです。
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- 中嶋
- 普段はサーバーとクライアントとがあるようなゲームばっかり作ってまして、今回は完全にクライアントプログラマーと呼ばれる仕事をしました。
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- 齊藤
- 描画とかもやったの?
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- 中嶋
- はい。全部。
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- 齊藤
- 全部やったの? そんなの中嶋くんに頼む仕事じゃないでしょう(笑)。
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- 中嶋
- Unityを使ってないので。
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- 齊藤
- C(言語)で書いたの?
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- 中嶋
- そうです。サンドボックスで全部のセルがずっと動き続けさせたかったので、そうするとCで書かないと駄目だというのを、最初に調査をしました。他はあまり使える言語がなかったんです。
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- 加藤
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Cygamesさんから資金調達したりする前は、本当にほぼ全部、中嶋さんがやってましたね。
リンドブルム*1さんがやってたら、もっとプランニングできた。*1 ゲーム開発会社。『エアシップQ』では世界観設計担当
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- 齊藤
- そうだね。彼らは、それこそCでやるもんね。
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- 中嶋
- 一応、僕が書くと蛸壺的な内容になるので、それじゃ厳しい、これじゃ面白くない的なことをリンドブルムさんと相談しつつ、プログラムまで直しちゃいます。
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- 齊藤
- なるほど。確かにそれは作業としては面白いよね。
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- 中嶋
- 1人でやってポシャッたこともいっぱいある(笑)。それはまあ、過去、学んでます。
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- リンドブルムさんとは、何時頃からどういうお付き合いなんですか。
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- 齊藤
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『ゲームやろうぜ!』*2で、ブラウザーゲームで面白いゲームを作っている人間がいたので、ホームページの連絡先に一緒にゲームを作りましょうってメールを出したところからですね。ちょうどうちの会社が、若いプロデューサー連中は予算は数百万だけれど好きにやっていいよっていう緩い感じだったんです。パッケージはそれこそ難しいけど、ウェブゲームだったらいいと言われたので何本かやっていた。その中の1本がリンドブルムとやった『みんなdeクエスト』でした。今でも続いてますからね。
*2 ソニー・コンピュータエンタテインメントが行っていたゲームクリエイター発掘オーディション
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- 加藤
- 僕が齊藤さんのところにいたときに、リンドブルムさんと『みんなdeクエスト』の何代目かのプロデューサーで関わらせていただいて、その後に『エルアーク』でMobageさんとのRPGで仕事をしていました。中嶋さん自体もスクエニ時代は会議とかで一瞬。齊藤さんにつながっている人たちのおかげで、こうやって『エアシップQ』にも派生している感じですね。
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- 加藤
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齊藤さんのところでいくつかの案件をプロデュースさせていただいたときに、齊藤さんと中嶋さんが『gumonji』*3をやってたんです。
*3 コミュニティーエンジン提供のオンライン専用の環境シミュレーター
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- 齊藤
- 『gumonji』は早かったね、時代がね。
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- 中嶋
- そうですね。難しかった原因は早いことだったんです。
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- 齊藤
- 早いこともそうだけど、儲けようとしているわけではなかった。もちろん、最終的にそこに行けば良かったんだけど。
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- 中嶋
- 恥ずかしい話、儲けるとは何かとか、全然意味が分かってなかったですね。
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- 齊藤
- 儲けようとしたら、ああいう形に多分なってない。今でも、ああいう形で儲けようとしている人たちはほとんどいないけど、結果的に付いてきてる。サンドボックス型のゲームは皆、好き勝手にやりたいことをやりましょう、その結果、いつの間にか広まって、それが商売になっている。『gumonji』は早かったね。
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- 加藤
- そうですよね。
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- 齊藤
- でも、あの当時から面白い、すごく新しいものがあるぞと、敏感な人たちが『gumonji』を触ってた。昔『gumonji』やりましたっていう人たちは実はこのネットワーク業界にいたりするんじゃないの。当時、学生とかで。
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- 中嶋
- Cygamesの渡邊社長とかですね。
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- 齊藤
- 渡邊さん、『gumonji』を見たことがあったの?
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- 中嶋
- 初期のバージョンのプレーヤーです。
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- 加藤
- 最初『エアシップQ』にCygamesさんがお金を出したいという話をクラウドファンディングの後に連絡があって、渡邊さんに会いに行ったら『gumonji』をやっていたという話と、『エルアーク』とか『みんなdeクエスト』もやってたいうので。リンドブルムさんも知っているので、是非、という感じでしたね。
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- 中嶋
- コアなところにプレイしていた人がいます。
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- 加藤
- そういえば渡邊さんがスクエニのプロデューサーの中でも齊藤さんがすごい好きだって言ってました。
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- 齊藤
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ありがたい。今、CyDesignationの吉田明彦さんと『ニーア オートマタ』*4のお仕事させてもらってて、お付き合いがあるけどなかなか面白い。渡邊さん、めっちゃゲーム好きなんだなって。
*4 齊藤氏がプロデューサーとしてスクウェア・エニックスにて現在開発中のPS4向けアクションRPG
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- 中嶋
- そうですね。渡邊さん、本当、めちゃめちゃゲーム好きですよね。『ニーア オートマタ』もすごく面白そうですよね。
次回はエアシップQを実際に3人でマルチプレイ!
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齊藤 陽介(さいとう ようすけ)
スクウェア・エニックス執行役員、エグゼクティブ・プロデューサー。黎明期から旧エニックスでオンラインゲームの開発を行ってきた開発者。代表作には『アストロノーカ』、『クロスゲート』、『ニーア レプリカント/ゲシュタルト』、2012年にサービスを開始したMMORPG『ドラゴンクエストX オンライン』のプロデューサーを担当。また、昨年発表した『ニーア オートマタ』『ドラゴンクエストXI』のプロデューサーを担当。
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加藤 拓(かとう たく)
株式会社ミラクルポジティブ 代表取締役。ゲームプロデューサー。
株式会社スクウェア・エニックス在籍時に、『みんなdeクエスト』、モバゲータウン用RPG「エルアーク』のプロデュースなどを担当。2010年に株式会社ミラクルポジティブを設立。
『エアシップQ』の生みの親として奔走し、株式会社Cygamesからの7000万円の資金調達に成功。同作のプロデューサーを担当する。 -
中嶋 謙互(なかじま けんご)
小学生の時からゲームプログラミングを始め、大学入学後ゲーム制作を開始。96年、世界初のJavaアプレットを用いたMMORPGを制作し、98年にはその続編LifestormシリーズをWindowsで発売、ヒット。2001年にはオンラインゲーム用ミドルウェアVCEを開発し、独自に開発した『gumonji』を含めて約50社で利用される。『エアシップQ』のメインプログラマー兼ディレクターを担当する。